myktmanagementのブログ

Hba1c13%超え、体重20Kg減の重症糖尿病を無治療で正常化--->今は、神のみ言葉によって癒やされる日々をおくっています。

血糖値500-hba1c13%以上、無治療で3年経ちました

mymana

血糖値500-hba1c13%以上、無治療で3年経ちました。


「糖尿病です。重症です。いつ意識消失してもおかしくないから、なにかあったらすぐ救急車を呼んで」

当初、入院を回避したわたしでしたが、家族にはそのように医師からの指示が出ていました。


ブログの先の更新から、さらに1年近く経ちました。

ここから以下は以前に書いたことと重複する部分があると思いますが、わたしが経験した症状について書いておきたいと思います。


糖尿病のことは、病名だけは知っていましたが今までまったく無知でその合併症とやらについても全然知りませんでした。

診断が下る3年ほど前、今から6年前からになりますが、徐々に体重が減って食べても食べても減っていくのでおかしいなとは感じていたものの特段体調が悪いということはなかったですし、返って体が軽く好調だったので、かなりの期間放置していたことになります。

糖尿病は食べれば食べただけ身になりいくらでも太るはずという無知ゆえの固定観念が強かったので、糖尿病の「と」の字も思いつきもしませんでした。


もっと前からの徴候らしきものといえば、機能性低血糖というのでしょうか。

食事は3食しっかり食べているのに、「ストレスがかかったり、緊張すると」急に空腹感が強くなり、冷や汗が吹き出て動悸も激しくなり、手指に力が入らなくなり小刻みに震えて、全身が脱力してしまい横にならずにいられないときが頻繁にありました。

それでもしばらく横になっていたり、食べると回復したのでそれがかえって過食気味になり悪循環に陥っていたことがあったと思います。

そのときは、そういう体質なのだくらいに軽く捉えていました。


やがて82kgあった体重が79kg、76kg、73kgと時折行く入浴施設で計るたびに減っていき、とうとう57Kgになったときには、

体のだるさが死病にかかったのではなかろうかというくらいに半端なく、立ち上がるとフラフラで、呼吸に関係する筋肉も溶かされてケトン体になってしまったのか咳やくしゃみにも力が入らず、呼吸がすごく浅く弱いものになり、嗄声で声も出にくく、夜間に腹痛やせん妄まで出てきて不眠状態になっていました。


横になって安静にしているときでも急にふくらはぎや足の指の筋が肉離れや痙攣をおこし30分ほども激痛と格闘しながら、揉んだりさすったりしていました。

食事やコーヒーを飲むときに、茶碗や箸やカップを持つ手指の筋が攣ってもう片方の手で手指を解きほぐしながら食事を続けなければいけませんでした。

このころになると喉の乾きと頻尿がひどく一日中口に氷を含んで渇きを癒やしていました。寝汗もひどかったので水枕も抱いていました。

胃腸も違和感がずっとあって空腹痛なのか胃腸神経の痛みなのかわからない持続する鈍痛と粥状で量の多い便が出ていました。

どれもこれも今なら高血糖状態がかなり長く続いたときの症状だとわかるのですが、そのときは糖尿病の症状にまったく無知だったので、

食事や栄養が足りていないのだろうと考えて無理やり食べたり飲んだりしていました。


また、いろいろな箇所の粘膜から出血があったことも覚えています。歯磨きをすれば必ず毎回歯茎から洗面所に血が流れました。

両耳穴からの出血もあって綿棒で軽く奥まで耳掃除をしただけで綿棒に鮮血がついたりしました。

朝起きるとつーっという感じで鼻血がたれてくることが多かったですし、肛門からの出血もありました。あちこちから出血しやすくなっていました。


以上、まとまりを欠いた書き方になってしまいましたが、これが病院へかかる前のわたしの最終的な症状でした。

1ヶ月、2ヶ月くらい、この症状がおさまらず、さすがにここまで痩せてしまって悪性かなと思わせる出血しやすい症状も出てきて、

体調が回復しないのはただの栄養失調ではないなあ死期が近いのだと覚悟を決めて遺言書まで用意して家族に打ち明けました。


そして、病院に行って初めて糖尿病であることを知らされて理解できました。

入院治療はなんとか断って、通院ということになり冒頭の医師の言葉となりました。

インシュリン治療はせず、服薬も1ヶ月足らずで自己判断でやめてしまったことは以前書いた通りです。

そして、あれから無治療で3年が経過しました。


一応、最近までの血糖値とhba1cは定期的に記録してきました。

このレベルの糖尿病で無治療で3年経過した現状に関心を持たれる方もいるかもしれないと思い、

次の機会に、このブログに書きたいと思います。




1年半後の血糖値

mymana

一度、このブログの終了宣言をしたのですが、
現状報告など兼ねて少し書き加えることにしました。


前回の投稿から、もう1年半以上経過したことになります。
あのときはコロナ騒動真最中でした。まだ余波は残っているようです。
今は実生活も異常な物価高が続いているので、余裕のない厳しい生活を強いられています。


さて糖尿病の経過の方ですが、現在、糖尿病とそれに関わる合併症の治療や服薬などは
一切しておりません。
このあたりは前回、最後に書いたように自身の年齢的なものもあって、もう良いのだとの諦念もあります。
ただ、病院で2ヶ月に一度Hba1cの検査を定期的にしてもらっていたので、今は
薬局で薬剤師にセルフ測定というのをお願いして検査してもらうことはやっています。


食事は、糖質制限などはせず米飯も満足するまで食べています。
甘味物もアルコールも節度をもって摂り入れています。
運動は取り立てて、ここに書けるようなことは何もしていません。
たまに買い物で少し歩く程度で、又まれに隣町の見晴らしのいい高台にある公立美術館の
広い庭園を散歩するくらいです。


Hba1cは、この1年半の間、高いときで5.9%ありましたが、毎回5%台でした。
この数値がいいのか悪いのかもどうでも良いように思います。
数字よりも、高血糖状態のときよりも体調や体感がぜんぜん良いので、2ヶ月ごとの
セルフ測定も卒業しようかと考えています。


次の投稿で、血糖値500-Hba1c13%以上の重症糖尿病が発覚したときのわたしの自覚症状について書きます。


血糖値500ヘモグロビンHba1c13%超過から正常化までの道のり

mymana

現状、投薬なし、厳密には3週間ほどで服薬は自己判断で完全に中止した。
糖尿病診断確定時から、半年でHba1cは、なんとか正常域まで戻した。


これまでの経過を思い返します。
体調不良で血液検査をしてもらったが、診断結果を聞かずに、
2ヶ月以上放置し、再度、受診し糖尿病との診断がおりた。
当初、病院で週一で測っていただいて、
わかっている血糖値の最高値は500ほどであった。


高血糖状態が続いた時期の自覚症状にはさまざまなものがあったが、
とくに体重減少に関しては3年ほど前から徐々にやせ、
当初は体重が減って血圧の負荷が軽減されたからか、むしろ体が
軽くなり好調さを感じることができるほどだった。
ときどき、機能性低血糖とおぼしき症状がでていたが、過食するとおさまった。


10年来、健康診断は1度も受けたことはなく、
糖尿病のなんたるかに関してまったく無知であった。
糖尿診断を下され説明を受けた時は、入院は回避したが、
まあなんと厄介な病気かと思い、処方された薬は3週間ほど飲んだ。
出された3種類の薬の作用機序はまったく謎だったが、
繊維質の多い野菜の代用、利尿効果のあるお茶やコーヒーなどの代用だと感じた。
飲んだ薬と比較したときの体感がまったく同じだったからである。
ジャヌビアの作用機序と体感だけはまったくわからなかったが…


いま血糖値は正常域に戻ったが、高血糖状態の期間が長く続き、
胃腸神経や目や頭に、また大動脈にも後遺症は残っているように感じる。
合併症に関しては、まったく受診していない。
人生も折り返しに入った今、私個人としては、
糖尿病やその合併症と終わりが見えなくなるような格闘をする必要はないのだと感じている。
ただ、慎ましい生活と自制だけは保ちたい。



糖尿病診断確定からヘモグロビンHba1c正常化までの半年間のチャートグラフ




血糖値の自己モニタリングは本日で終了します。
このブログも、これを以って閉局とさせていただきます。
お目汚し陳謝いたします。
ありがとうございました。